和風スパゲッティーの代名詞として全国にファンを持つ「洋麺屋五右衛門」。本場イタリアから直輸入した食材を有田焼の器に盛り付け、お箸でいただく独自のスタイルは、昭和から平成、令和の今に至るまで外食文化の一角を担い続けています。その歴史の原点ともいえる地が、流行の発信地・原宿でした。
かつて若者や観光客で連日賑わいを見せていた「洋麺屋五右衛門 原宿2号店」ですが、久しぶりに足を運ぼうと検索した際、「営業していないのでは?」「閉店したらしい」といった声に直面する人が後を絶ちません。今回は現地調査と運営元の動向をもとに、原宿2号店の閉店の真相や現在の営業状況、そして発祥の地・原宿における歴史の足跡を整理してお伝えします。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:洋麺屋五右衛門 原宿2号店は現在営業しておらず、原宿エリアの店舗はすでに完全撤退している
- 要点2:閉店の背景には周辺エリアの再開発や商業ビルのテナント再編、郊外・主要ターミナル駅への出店シフトがある
- 要点3:原宿発祥の味を今楽しむなら、近隣の渋谷駅周辺店舗や表参道・青山方面の系列店へ足を運ぶのが最適解となる
【現在の営業状況】洋麺屋五右衛門 原宿2号店は閉店?発祥の地を歩いて判明した真実
原宿の竹下通りや明治通り周辺を散策中に五右衛門の看板を探しても、現在の街並みで見つけることはできません。結論から申し上げますと、洋麺屋五右衛門 原宿2号店はすでに閉店しており、現在営業していません。それどころか、かつてブランドの象徴であった原宿本店も含め、原宿アドレス内の直営店舗はすべて姿を消しています。
かつて原宿2号店が存在した場所は、JR原宿駅から明治通り方面へと向かう導線上に位置し、ショッピング帰りの若者や外国人観光客で週末には長い行列ができていました。しかし、現地を実際に訪れると、当時の面影を残す看板やファサードは一新され、アパレルやトレンド系ショップが立ち並ぶ別の風景へと塗り替えられています。
ネット上のグルメサイトや地図アプリでは過去のデータが断片的に残っているケースも見受けられますが、2026年現在、現地へ向かってもパスタを食べることは叶いません。かつての記憶を頼りに訪れようと考えていた方は注意が必要です。
なぜ消えたのか?原宿2号店が閉店に至った理由と跡地の変遷
ブランドの知名度を牽引してきたはずの原宿2号店が、なぜ閉店の道を選んだのか。背景には単なる売上の浮き沈みだけではない、原宿という街特有の構造変化が存在します。
最大の要因は、明治通り・神宮前交差点周辺の大規模な都市再開発と賃料相場の高騰です。原宿エリアは商業ビルの建て替えサイクルが非常に早く、老朽化したビルのリニューアルに伴う定期借家契約の満了が重なりました。運営元である日本レストランシステム株式会社(現在はドトール・日レスホールディングス傘下)にとっても、インバウンドやファッショントレンドの移り変わりが激しい原宿の路面店を維持するより、駅直結の商業施設やロードサイド型店舗へリソースを再配分する経営判断が働いたとみられます。
現在、原宿2号店の跡地周辺は、最新のポップアップストアや次世代型ライフスタイル店舗が頻繁に入れ替わるカルチャーゾーンへと様変わりしました。かつてフォークではなく箸をカチャカチャと鳴らしながらパスタをすすったあの温かみのある空間は、街の記憶の中にのみ残されています。
「箸で食べるパスタ」発祥の歴史|原宿本店から始まった五右衛門伝説
五右衛門を語る上で欠かせないのが、「箸で食べるスパゲッティー」という画期的なコンセプトの誕生秘話です。ブランドが産声をあげたのは1976(昭和51)年、まさにここ渋谷・原宿の地でした。
創業当時の日本において、スパゲッティーといえばナポリタンやミートソースが主流であり、気取った高級イタリア料理店でフォークとスプーンを使って食べる敷居の高い存在でした。そうした時代に、「日本人が本当に美味しいと感じるスパゲッティーを、気取らず箸で食べてほしい」という創業者の強い思いから生まれたのが洋麺屋五右衛門です。
大きな五右衛門釜で麺を泳がせるように茹で上げ、盛り付ける器には佐賀県有田町の伝統工芸「有田焼」を採用。和盆に小鉢のスープを添えて提供する定食スタイルは、当時の若者の心に強烈なインパクトを与えました。原宿本店の大ヒットを皮切りに店舗を拡大し、その勢いを加速させる旗艦拠点として機能したのが原宿2号店でした。原宿は五右衛門にとって、単なる一出店先ではなく、和風パスタカルチャーを日本全国へ波及させた「聖地」そのものだったのです。
かつての原宿2号店で愛された名作たち|口コミで絶賛されたおすすめパスタ
原宿2号店が営業していた当時、店内は常に独特の活気に満ちていました。休日のランチタイムともなれば、階段や歩道にまで入店待ちの列が伸び、独特の茹で釜の湯気とガーリックの香りが道行く人の食欲をそそったものです。当時の口コミやファンの記憶に今なお刻まれている名物メニューを振り返ってみましょう。
圧倒的な支持を集めていたのが、「地中海風 カニと海老とあさりのトマトクリームスープ」と「豚肉とたっぷり冬野菜のよくばりスパゲッティー」に代表される具だくさんメニューです。特に女性客の間では、「たらこと湯葉とモッツァレラチーズのカルボナーラ」の濃厚な味わいが爆発的な人気を博しました。また、2つの味をハーフ&ハーフで同時に楽しめるセットは、「どちらも捨てがたい」という食いしん坊な学生たちの胃袋をがっちり掴んで離しませんでした。
当時の利用客からは「原宿で買い物をした後のランチは五右衛門2号店一択だった」「お箸で気兼ねなく食べられるからデートでも重宝した」といった思い出が今もSNS上で語り継がれています。
【2026年最新動向】原宿から最寄りの店舗はどこ?渋谷・表参道の代替ルート
原宿エリアでの営業が終了した今、あの味を求めるファンはどこへ向かうべきでしょうか。原宿近辺からもっともスムーズにアクセスできる近隣店舗をピックアップしました。
第一の選択肢は渋谷駅周辺の各店舗です。原宿(明治神宮前駅)から東京メトロ副都心線でわずか1駅、山手線でも1駅という距離にあり、渋谷駅周辺には複数の五右衛門が展開しています。駅直結の商業施設や宮下公園周辺を散策しながら立ち寄れるため、原宿で買い物を楽しんだ後のディナーにも無理なく組み込めます。
落ち着いた空間で楽しみたい場合は、表参道・青山方面を抜けて渋谷側へ移動するか、新宿方面のターミナル店舗を目指すのも賢いルートです。休日の混雑を避けるなら、11時台前半の開店直後か、カフェタイムを過ぎた16時前後のアイドルタイムを狙うのが快適に過ごすコツです。
運営元「日本レストランシステム」の戦略転換と五右衛門の未来
原宿2号店の閉店に象徴される動きは、母体である日本レストランシステム株式会社の長期的なポートフォリオ再編と密接に連動しています。
同社は「洋麺屋五右衛門」のほか、「星乃珈琲店」や「牛たん焼き 仙台辺見」など多彩な飲食ブランドを成功させてきました。近年はインバウンド需要と国内消費の二極化を見据え、都心の狭小な路面店よりも、席数が広くゆったり過ごせる郊外型ロードサイド店舗や、日常的なリピートが見込める駅ナカ・駅ビル施設への出店を強化しています。
誕生から半世紀近くが経過した現在も、イタリア産乾麺「ディチェコ」の厳選指定やエクストラバージンオリーブオイルのこだわりを崩さず、時代に合わせた新メニューを次々と投入。原宿の路面店という舞台からは身を引いたものの、ブランドのアイデンティティはしっかりと受け継がれ、今も進化を続けています。
【洋麺屋五右衛門 原宿2号店】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:洋麺屋五右衛門 原宿2号店は現在営業していますか?
A1:いいえ、すでに閉店しています。原宿2号店だけでなく、かつて存在した原宿本店も含め、現在原宿エリア内に営業中の店舗はありません。
Q2:原宿エリアから一番近い五右衛門はどこにありますか?
A2:最寄りは渋谷駅周辺の店舗です。原宿駅からJR山手線や東京メトロ副都心線で1駅の距離にあるため、原宿近辺で探している方は渋谷エリアの店舗利用をおすすめします。
Q3:原宿2号店限定のメニューは他の店舗で食べられますか?
A3:過去に原宿2号店などで人気を博した名物メニュー(たらこ系カルボナーラや季節の具だくさんスパゲッティーなど)の多くは、定番メニューや季節限定メニューとして全国の系列店舗で今も楽しむことができます。
まとめ:発祥の記憶を胸に進化を続ける五右衛門の新たな歩み
「洋麺屋五右衛門 原宿2号店」は、街の変貌と時代の要請に伴いその役割を終え、惜しまれつつ歴史の幕を下ろしました。箸で食べる和風パスタという唯一無二のスタイルを全国へ羽ばたかせた原宿の地から看板が消えたことは、長年のファンにとって一抹の寂しさを禁じ得ません。
しかし、原宿で培われた「日本人の味覚に寄り添う一皿への情熱」は、今も渋谷をはじめとする全国の店舗へ脈々と受け継がれています。かつての原宿の思い出を噛み締めながら、久しぶりに渋谷や最寄りの五右衛門へ足を運び、あの大きな有田焼の器でパスタを味わってみてはいかがでしょうか。 (出典: 洋 麺 屋 五 右 衛門 原宿 2 号 店(Yahoo!ニュース))