富士山の裾野に広がる広大な敷地で、日本の自動車産業史に刻まれる巨大な地殻変動が起きています。かつて最高峰サルーン「センチュリー」を生み出し続けた名門・トヨタ自動車東日本東富士工場が2020年12月に半世紀を超える歴史に幕を閉じてから数年。その広大な跡地は、トヨタが構想する実験都市「ウーブン・シティ(Woven City)」へと変貌を遂げています。
「なぜあれほど栄えた工場を閉鎖しなければならなかったのか」「隣接する東富士研究所はどうなったのか」「実証実験の進捗はどうなっているのか」――ネット上では様々な憶測や噂が飛び交っています。本稿では、静岡県裾野市の現場取材データ、公式開示資料、産業構造の転換ロジックを統合し、2026年現在におけるトヨタ東富士の全貌を客観的事実に基づいて徹底解剖します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:53年の歴史に幕を閉じたトヨタ東富士工場跡地では、実証実験都市「ウーブン・シティ」の第1期エリア建築が完了し、2025年〜2026年にかけて実証生活フェーズへと本格移行している。
- 要点2:工場閉鎖の決定打は単なるコスト削減ではなく、東北拠点への生産集約と、隣接する東富士研究所と連動した「モビリティカンパニーへの業態転換用地」の確保という高度な経営戦略にあった。
- 要点3:隣接するトヨタ東富士研究所は閉鎖されておらず、自動運転や先端安全技術の頭脳として機能しており、平均年収850万〜1,200万円規模の高度エンジニア集団が実証都市と直結して開発を加速させている。
【歴史と転換点】トヨタ東富士工場の栄光とセンチュリーを生んだ半世紀
トヨタ東富士工場の歴史は、1967年にトヨタグループの車体製造中核企業である関東自動車工業の東富士工場として操業を開始したことに遡ります。富士山麓の冷涼で広大な土地に構えたこの拠点は、日本のモータリゼーションの成熟と軌を一にして発展を遂げてきました。
この工場を語る上で欠かせないのが、皇室やVIPに愛され続ける最高級車「センチュリー」の存在です。熟練工たちがミクロン単位の歪みを手のひらの感触だけで見極め、幾重にも塗り重ねた漆黒の塗装を手作業で磨き上げる「匠の技」は、まさに東富士工場の象徴でした。センチュリーのほかにも、マークII、チェイサー、クレスタの「マークII三兄弟」、さらには日本の都市交通を支えたクラウンコンフォート、次世代の足となったジャパンタクシー(JPN TAXI)など、累計で752万台を超える車両がここから世に送り出されました。
しかし、2012年のグループ再編によって「トヨタ自動車東日本」が誕生すると、生産ネットワークの抜本的見直しが水面下で進行します。2020年12月10日、最終生産車となったジャパンタクシーがラインオフし、関係者が見守るなかで53年におよぶ車両生産の歴史に静かに終止符が打たれました。
なぜ名門拠点は幕を下ろしたのか?トヨタ東富士閉鎖理由の深層構造
地域経済を牽引してきた大工場がなぜ閉鎖に至ったのか。当時、裾野市をはじめとする地元社会には大きな衝撃が走りました。表面的には工場の老朽化や国内市場の縮小が語られがちですが、その深層にはトヨタグループ全体の「生き残りを懸けた2つの構造的決断」が存在します。
第1の理由は、トヨタ自動車東日本における「東北生産拠点への集約」です。東日本大震災以降、トヨタは東北地方を中部、九州に次ぐ「第3の生産拠点」と位置づけ、岩手工場や宮城大衡工場への生産集中とサプライチェーンの強靭化を推し進めてきました。静岡県に位置する東富士工場で小型車や特殊車両を分散生産するよりも、東北へ集約して効率化を図る製造戦略の合理化が不可欠だったという背景があります。
第2の、そしてより本質的な理由は、豊田章男会長(当時社長)が掲げた「自動車をつくる会社から、モビリティ・カンパニーへのフルモデルチェンジ」です。自動運転、コネクティッド、MaaS、水素エネルギーといった次世代技術は、バーチャル空間のシミュレーションやクローズドなテストコースだけでは限界があります。リアルな街に人が暮らし、インフラと車が通信し合う「生きた実験場(Living Laboratory)」を構築するためには、広大かつ都心からのアクセスに優れた自社保有地がどうしても必要でした。名門工場の幕引きは、衰退による撤退ではなく、次代の生存領域を切り拓くための「攻めの用地転換」だったのです。
【2026年最新】ウーブン・シティの現在地と「いつ完成するのか」の全貌
工場の解体工事を経て2021年2月23日(富士山の日)に地鎮祭が行われたトヨタ東富士工場跡地は、今や近未来の実験都市「ウーブン・シティ(Woven City)」として姿を現しています。
敷地面積は約70.8万平方メートル(東京ドーム約15個分)。都市の最大の特徴は、道路を3つに分類した網の目(Woven)状の構造です。地上には「歩行者専用の緑道」「パーソナルモビリティと歩行者が共存する道」「自動運転EV(e-Paletteなど)専用の道」が立体的に整備され、地下にはモノの自動配送やゴミ収集などを担う物流専用道路が張り巡らされています。
「ウーブン・シティはいつ完成するのか」という疑問に対し、プロジェクトは単一の完成期日を目指すのではなく、段階的な拡張を前提としています。2024年秋に建築工事が完了した「フェーズ1(第1期エリア)」では、地上構造物やエネルギーインフラの実装を終え、2025年から2026年にかけて初期住民(トヨタ関係者、研究者、発明家、一般モニター家庭など約360人)が実際に生活を開始しながらデータ収集を行う実証運用フェーズへと突入しました。将来的には高齢者、子育て世代、外部パートナー企業の開発者を含め、2,000人規模が定住する街へと段階的に進化していく計画です。
徹底比較:旧東富士工場 vs 新ウーブン・シティ&東富士研究所
かつての製造拠点時代と、現在の先端実証都市・研究拠点への進化を、客観的なデータで比較します。
| 項目 | 旧・東富士工場(〜2020年) | 新・ウーブン・シティ(2026年現在) | 東富士研究所(継続稼働中) |
|---|---|---|---|
| 主要な機能 | 完成車製造(センチュリー、JPN TAXI等) | 自動運転・スマートシティ・MaaS実証 | 先行技術開発、安全性能評価、パワートレイン研究 |
| 対象面積・規模 | 敷地面積 約70.8万㎡ | フェーズ1(約5万㎡)から順次拡張 | 国内有数の大規模テストコース・実験棟を保有 |
| 拠点人口 / 従業員 | 約1,100名(閉鎖時) | 初期約360名 → 最終約2,000名(定住者) | 数千名規模の高度技術者・研究員 |
| 主なエネルギー源 | 系統電力・化石燃料 | 水素燃料電池、屋根上太陽光発電(完全カーボンニュートラル設計) | 研究施設用電力・水素ステーション等の先端設備 |
| 編集部の評価 | 昭和・平成のモノづくりを極めた拠点 | ソフトウェアとハードウェアが融合する最前線 | トヨタの将来競争力を決定づける中枢ブレーン |
隣接する「トヨタ東富士研究所」の最新動向と年収・開発体制の実態
工場の閉鎖に伴い「東富士からトヨタが完全に撤退した」と誤解されるケースが散見されますが、これは明確な誤りです。工場の敷地に隣接する「トヨタ自動車 東富士研究所」は、現在もトヨタの最重要R&D拠点としてフル稼働しています。
愛知県豊田市の本社地区が量産車開発を中心とするのに対し、東富士研究所は「5年〜20年先の未来技術」を担う先行開発拠点です。衝突安全ボディ「GOA」を生み出した衝突実験棟や、広大な高速テストコースを備え、現在はAIを活用した自動運転ソフトウェア(Arene OSなど)、全固体電池を含む次世代バッテリー、水素燃焼エンジンなどの基盤研究が推進されています。
求人市場や各種統計データによると、東富士研究所に勤務するエンジニアの平均年収は850万〜1,200万円水準(主任・幹部職クラスでは1,500万円以上)と極めて高く、国内外からトップクラスのソフトウェア人材やAI研究者が集結しています。ウーブン・シティが隣接地に誕生したことで、「研究所で開発したアルゴリズムを、目の前の実証都市ですぐに走らせて検証する」という、世界でも類を見ないアジャイル開発ループが構築されています。
一般に知られていない盲点とネットの誤解|アクセスと観光利用の実態
ウーブン・シティに関してインターネット上で最も誤解されているのが、「誰でも自由に入れる観光型テーマパークになるのか」という点です。
ウーブン・シティは商業施設や遊園地ではなく、あくまで住民が生活を営む「実証実験のプラットフォーム」です。そのため、セキュリティとプライバシー保護の観点から、外部からの立ち入りは厳格に管理されており、現状では一般観光客が無制限に散策できる観光地ではありません。ただし、将来的なオープンイノベーションの一環として、外部パートナー企業や選定された見学者向けのプログラム、地域住民と交流する一部エリアの公開などが順次検討されています。
【現地へのアクセス情報】
トヨタ東富士エリア(ウーブン・シティ及び東富士研究所)は、交通アクセスの要衝に位置しています。
- 公共交通機関:JR東海道新幹線・三島駅よりタクシーまたはバスで約30分、JR御殿場線・裾野駅または岩波駅より車で約10〜15分。
- 自動車:東名高速道路「裾野IC」から約10分、新東名高速道路「新御殿場IC」または「長泉沼津IC」からも好アクセス。
【プロの結論】産業構造転換と地域共生における教訓
東富士の変遷は、日本の製造業が直面する「モノ売りからコト(体験・ソフトウェア)提供への転換」という構造改革を象徴しています。工場閉鎖に伴う一時的な雇用喪失や税収減に対し、裾野市とトヨタは連携協定を結び、先端技術を活用した地域課題解決(高齢者の移動支援や防災インフラの強化)へと舵を切りました。
一企業の拠点再編に留まらず、地域社会を巻き込んだ「持続可能なスマートシティモデル」として成立させられるかどうかが、今後の日本企業のグローバル競争力における決定的な試金石となります。
【トヨタ 東 富士】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:トヨタ東富士工場跡地には現在何があり、誰が住んでいますか?
A1:旧東富士工場の跡地は実証都市「ウーブン・シティ」として再開発されています。2024年に第1期エリアの建築が完了し、2025年〜2026年にかけてトヨタ関係者、先端技術の研究者、発明家、および選ばれたモニター住民ら約360名が実際に居住しながら、各種モビリティやスマートホームの実証生活を行っています。
Q2:トヨタ東富士研究所も工場と一緒に閉鎖されたのですか?
A2:閉鎖されていません。閉鎖されたのは「トヨタ自動車東日本の東富士工場(生産拠点)」であり、隣接する「トヨタ自動車 東富士研究所(先行研究開発拠点)」は現在も最先端技術の開発拠点としてフル稼働しています。
Q3:センチュリーの製造は現在どこで行われていますか?
A3:東富士工場で製造されていたセンチュリーは、工場閉鎖に伴い、愛知県豊田市の「トヨタ自動車 田原工場」および元町工場へと生産移管され、熟練の職人技を継承しながら製造が継続されています。
Q4:一般の人がウーブン・シティを観光や買い物で見学することはできますか?
A4:現時点では一般向けの自由な観光地やショッピングモールとしての一般開放は行われていません。住民のプライバシーと機密性の高い実証実験を保護するため管理エリアとなっていますが、今後は指定のパートナーシップイベントや地域連携プログラムなどを通じた段階的な公開が計画されています。
まとめ:モビリティの未来を切り拓く東富士の次なる挑戦
かつて半世紀にわたり日本のクルマづくりを支え、数々の名車を世に送り出したトヨタ東富士工場。その魂は、隣接する東富士研究所の先端エンジニアリングと、跡地に誕生したウーブン・シティの実証プラットフォームへと確かに受け継がれています。
「クルマをつくる場所」から「未来の社会システムそのものを生み出す実験場」へ――。富士山の麓で進むこの壮大な挑戦は、2026年を迎えた今、机上の構想を脱して本格的な稼働段階に入りました。人とモビリティ、そしてデジタル空間が織りなす新しい暮らしの形がここから世界へ発信されていくプロセスに、引き続き高い注目が集まっています。 (出典: トヨタ 東 富士(Yahoo!ニュース))